下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

大人が子どもの未来に責任を持ち、生きる希望が集まる地域へ

2019年11月、「地域共育ビジョン策定委員会」という組織が新たに立ち上がりました。
参加者は、下川町認定こども園「こどものもり」から下川商業高校までの幼小中高の校長と教頭1名ずつ、PTA会長が1名ずつ計8名と、同数の地域メンバーが8名の、合計16名。

この委員会のミッションは、子どもたちを育む地域のあり方を言語化した「下川町地域共育ビジョン」を作ること。

子どもがいる・いないに関わらず、それぞれの立場だからこそ気づけることや発見を共有しながら、学校現場や家庭以外の地域というフィールドで子どもたちに何が還元できるか、何度も議論が重ねられました。

取材の前に「地域共育ビジョン策定委員会」での議論を振り返った

「下川町地域共育ビジョン」が完成したのは2020年。
その約2年後の今回、お集まりいただいたのは「地域共育ビジョン策定委員会」に参加していた4名です。

異なる思いや意見を持ちながら、一つのビジョンに向かって対話を重ねた裏に、どんな思いや葛藤があったのか。また、ビジョンを共有することで地域に生まれる価値とは。

当時のことを思い出していただきつつ、「下川町地域共育ビジョン」が地域や個人にどんな変化をもたらしたのか、お話を伺いました。

登場する人

(写真左から)
NPO法人森の生活 代表
麻生 翼(学校教育に関わる地域の大人)

立花 祐美子(地域の保護者)
元下川小学校長(現美瑛小学校長)
堀内 隆功(学校現場)
※オンラインでご参加いただきました
下川町教育委員会
和田 健太郎(行政の立場)

子育ては学校や家庭だけのものではない

子どもや教育というキーワードを軸に、まったく違う立場・職種の方々が集まった議論だったかと思います。話し合いが始まった当初の印象は、それぞれいかがでしたか?

麻生: 委員会の会議の初回は「この会議は何のため?」というところから、ていねいに共有する必要性を感じました。先生方の戸惑いを感じたところもあって。でも、会議を経るごとに発言量が増えたり、ざっくばらんな話ができるようになって会議が活発になっていきました。

立花: 学校の先生に対して勝手に距離感を覚えていたこともあり、一緒にビジョンを考える対等な関係性が築けるのか、不安な部分もありました。でも麻生さんが言ってくれたように、だんだん距離が縮まっていく感覚があって。
地域全体で教育のことを考える場があるのは、親からすると味方が増えた感覚があります。家族だけで子育てを頑張ってきてたイメージがあったけど、委員会を通じて地域の人も子どものことを一緒に考えてくれるから心強かったですね。

委員会第1回目の様子(提供:下川教育委員会)

堀内: 私が下川町に赴任した当初、麻生さんたちNPOが森林環境教育というカリキュラムを通じて学校教育の重要な一役を担っていることに、新鮮な感動を覚えました。麻生さんたちのような学校教育への関わり方は、これからどんどん必要になると思います。

参照:森林環境教育について|NPO法人森の生活

教師だけが子どもたちを指導するのではなく、専門家やその道のプロとの関わりも増やすべきです。地域に出ると、本物にたくさん触れられます。特に下川町は魚釣りの名人や森のガイド、木工の達人など、本物がたくさんいる環境です。そういう環境は、子どもたちにとってすごく貴重なんです。

委員会第4回の様子(提供:下川教育委員会)

堀内: もう少し学校現場の話をすると、地域共育ビジョン策定委員会が発足したすぐあと、2020年3月に文部科学省が新たな学習指導要領を発表しました。学校現場も今までのやり方を変えていくべきタイミングでした。

同時に、先生方が疲弊してきているという現状や、地域が人口減少や地域活性化という課題をかかえている実態がありました。だからこそ、これからは学校現場が地域にもっと助けを求めるべきだし、地域が子どもたちのちからを必要としている部分もあると感じます。

堀内: それに、家庭のあり方も変化の過渡期だと思います。家族は社会の最小単位ですが、現状、かなり孤立しつつあると感じます。家庭内で起きている問題を何とかしようと思っても、協力者が家庭の外にいないと家族同士では解決できず、行政の負担もどんどん肥大します。

けれど、下川町では地域共育ビジョンを作ることで「地域全体で、子どもたちに少しでも関心を持って見守ろう」という意思を、共有できたのではないでしょうか。教育そのものが、学校や家庭だけで閉じていてはいけない。地域に開かれることで、ぜんぜん違う景色が見えてくるんじゃないかと思うんです。

立場の違いを超えられるか

麻生: いま堀内校長がおっしゃったように、僕も地域共育ビジョンを作るプロセスそのものにも価値があったと思います。ビジョンを作ることを手段にして、相互理解が深まっていきました。だから何か新しいことを始める際も目線を合わせやすくなり、コミュニケーションがスムーズになったなと。

麻生: NPO法人 森の生活が幼小中高の森林環境教育を担当して10年以上経ちます。その中で僕自身、地域と学校をつなぐことのすばらしさも、むずかしさも感じていました。だからこそ、ビジョンとして共通理解を言語化することで異なる立場の人たちが共有できる、よりどころを持てたと思います。

和田: 学校現場のことを保護者にはなかなか理解してもらえなかったり、先生は地域のことを知る機会を作れなかったり。僕らは行政という立場で間にいるからこそ、協働できそうなことがあるのにもったいないと感じることが多々ありました。

ですから地域共育ビジョンを合言葉に、お互いを知る機会を設けられたのは非常に意味があったと思います。

麻生: 自分たちの取り組みを考えるうえでも、ビジョンは一つの指針になっています。さらに付け加えると、ビジョンとは別に、子どもたちの発達段階に応じてどういうアプローチをするのかをまとめた「しもかわ地域共育ストーリー」があります。

麻生: ビジョンに掲げている5つの目標を、すべて幼小中高で実現しようとすると、やるべきことが広がりすぎたり目的が分散してしまいます。けれどストーリーとして整理できたことで、それぞれの年齢に応じて、子どもたちのどんな成長を目指せばいいのか認識しやすくなりました。例えば小学生に対しては「好きなことに出会い、多くの体験を重ねる小学校時代」というテーマが掲げられています。明確に言葉にしてあるからこそ「子どもたちが、いろんな経験ができる機会を設けて“好き”を見つけられるような環境を整えよう」というふうに、僕たちができることややるべきことを具体的に考えられるようになったと思います。

和田: おっしゃるとおりですね。ビジョンという共通言語ができたことで、子どもたちの取り組みに対して支援しやすくなったり、行政の施策も「地域共育ビジョンにこう書いてあるからやりましょう」と、進めやすくなりました。

ビジョンを策定した今後も、対話の機会は作るべきだと思うし、行政がその役割を担うべきだなと感じます。

生きる希望のかけらが見つかる地域に

地域の大人と子どもたちが関わることに、どんな価値があると思われますか?

堀内: 子どもにとって見本や憧れになるような大人のモデルがたくさんいることは、地域にとっても学校にとっても非常に大切です。モデルになる大人は、生きる希望のかけらみたいなもの。そういうかけらを、いかに子どもたちに手渡していけるかが、地域の魅力であり、学校の魅力にもつながると思います。

大人と子どもの関わり方は、ささいなことでもいいんです。

例えば、僕が子どものころ、近所の自転車屋のおじさんが手を真っ黒にして、パンクを修理してくれました。その姿を今でも鮮明に覚えています。僕にとっての、ヒーローなんです。一生懸命タイヤを直してくれたおじさんの姿と、故郷の思い出がリンクしていて。子どものころに幅広い世代とつながりを持つことの意味を、感じている理由の一つです。

立花: 地域の方と子どもたちの関わりでいうと、私自身、地域の方から我が子の名前を聞く機会が以前よりずっと増えた実感があります。名前を覚えてくれて娘を町内で見かけたら教えてくれたり、話しかけてくれたり。

そういう関係性が増えたからか、娘自身も自分の変化を感じているようです。もともと知らない大人と話すのが苦手な子ですが、先日の授業に来ていた目に障がいのある方に、自分から話しかけに行ったそうです。自発的に質問したり、点字のことを教えてもらったり。私はその方と知り合いだったので後日、娘のようすを教えてくれました。小さな変化かもしれませんが、私にとってはすごく嬉しかった出来事です。

和田: 僕も、地域が新しい取り組みを始めるタイミングが、子どもたちの体験や学びの機会にもつながるという気づきがありました。一見教育と関係ないような町の施策であっても、地域共育ビジョンに結びつけて考えるようになりましたね。

麻生: 2022年3月に町が「ゼロカーボンシティしもかわ」を宣言して、ちょうど「下川町地球温暖化対策実行計画」(以下、実行計画)を作っている最中です。ちょうどこの前、中学3年生の森林環境教育でゼロカーボンをテーマに取り上げることになり、先生と相談して中学生がゼロカーボンについて自分たちでどんなことができそうかを探究し、最後は議会で発表してもらいました。今は、その提案を町の実行計画の中に少しでも入れられないかなと思っています。具体的には、計画書の巻末に中学生のプレゼン内容を掲載したり、彼らが実践した節電などの取り組みを計画の中に盛り込んだりできないか、町に検討していただいています。

和田: 地域の大人のチャレンジや取り組みが、子どもたちにもつながっている実感を、先生たちも持てるとモチベーションが上がるし良い循環になる気がしますね。

麻生: そういえば、インターンで来ていた大学生が春から中学校の先生になるようで「下川町の中学校に赴任したい」と言っているのを聞きました。

立花: わあ、うれしいね。

和田: すごい!

麻生: 地域共育ビジョンを策定する会議の中で「『こういう教育ができるから下川に行きたい』という思いを持った先生たちが集まるようになるといいね」という話が出ていましたよね。いままさに、そういうことも起こりつつあるんだなって。

堀内: すばらしいですね。地域の大人たちが子どもの未来に対して当事者意識を持つには、ただ訴えかけるだけではむずかしい。何かしら仕掛けが必要です。その仕掛けの一つに、地域共育ビジョンはなりうるのではないでしょうか。

麻生: 地域共育ビジョンを掲げたということは「下川町では、子どもたちの成長に地域も責任を持ちます」と、宣言したということだと思います。子どもたちが、より良い環境で暮らし、すこやかに成長してほしいという願いは、地域に暮らすすべての大人が持っているはずですから。