下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

地域で「好き」が見つかると、大人も子どもも居場所ができる

全国各地の小学校では協調性や主体性を育てることを目的にした、クラブ活動が行われています。

下川町でも4~6年生を対象に実施していますが、どのクラブも地域の人たちが講師を担います。授業の1コマを活用して、子どもたちの「好き」を育てる1時間です。

2022年度のクラブ活動の一つ、自然体験クラブ雪板遊び。足を固定しないスノーボードのようなアクティビティで、森の中にある雪原を滑る。
活動内容は、年によってさまざまです。釣りや森歩き、羊毛フェルトのものづくりやボードゲーム、将棋やバドミントン、郷土芸能などなど。

子どもたちは自分で興味のあるものを選んで参加します。毎年、さまざまなプログラムが用意されますが、大人が見てもワクワクするものばかり。

ものづくりクラブ(折り紙)
ゲームクラブ(将棋)
日本文化クラブ(上名寄郷土芸能)
スポーツクラブ(バドミントン)

もともとは学校現場の先生方が、毎回クラブの内容と計画を考えていました。しかし、2020年度に策定された「地域共育ビジョン」(*1)に基づき、学校と地域が連携して子どもたちを育む最初の挑戦として始まったのが、現在の下川町のクラブ活動です。

こうした取り組みの背景で、学校現場や協力する住民の方々は、どんな思いを抱きながら地域や子どもたちを見守っているのかを伺います。

(*1)子どもを育む地域のあり方を、様々な立場の住民15人で構成された委員会が取りまとめたもの。

参考:下川町地域共育ビジョンが策定されました | 政策推進課 | 各課のページ

登場する人

(写真左から)
下川小学校 教諭
尾崎 智行(学校の立場から協力)
下川小学校 地域学校協働活動推進員
田中 由紀子(地域と学校をつなげ、よりよい活動に繋げるコーディネーター)
クラブ活動等を支える一人
小峰 博之(子どもたちとの活動に協力する住民)
下川小学校 2022年度PTA会長
矢内 啓太(子どもたちを見守る保護者)

積み重ねてきた3年間の実り

尾崎先生: クラブ活動に地域の方々が関わり始めたのは、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めてからの3年間です。校外学習として町内の企業へ体験に行ったり「こども園」で交流したりするはずでしたが、ここ数年間、僕たち教師はもちろん子どもたちも学校の外へ出ていくことができませんでした。

だから、このクラブ活動は地域と関われる唯一の機会でもあったんです。町内の方々がとても協力的ですし、学校と地域の間に入って講師や活動内容を調整してくださる田中さんの存在が、すごくありがたいです。今では子どもたちも先生方も、クラブ活動が待ち遠しいくらいです。

矢内: 都会ではお金を払えば、いろいろな体験ができるかもしれないけど、ここでは地域の方が協力してくれることで子どもたちにいろんな機会を提供できています。毎年、いろんなジャンルの講師がそろうので、特別な技術や得意なことを持った人が、下川町にはこんなにいるんだなって驚きますね(笑)。

子どもたちにとっては、クラブ活動が自分の得意なことや好きなことに気づくきっかけになっているのではないかなと。僕の娘は小学5年生ですが、ものづくりが好きだという自覚があるので、手作りの体験ができるクラブをよく選んでいるみたいです。将来のことを考えるきっかけにもなると思うので、親としてはありがたいですね。

小峰さんは、クラブ活動の協力者のお一人として3年前から乗馬体験を担当されていますが、子どもたちの変化を感じることはありますか?

小峰: 毎年、新しい発見があります。そのたびに自分自身の活動と子どもたちの可能性を気づかせてもらっています。

今年(2022年度)は初めて高校生がサポートに入って、一緒に森の中の乗馬体験を行いましたが、非常に良かったです。小学生も高校生も楽しんでくれて。クラブ活動が始まってから、自宅にハナを見に来るようになった子がいたり、中学生になっても来てくれたり、より距離が近くなっている気がします。

(提供:下川町教育委員会)

小峰: クラブ活動は1時間しかないので、いつもどうやって有意義に過ごせるかを考えます。僕とハナで、小学生10人を受け入れるのは簡単ではないんですが、少なくとも全員2回は乗馬体験できるように調整します。2回目の乗馬では、1回目より子どもたちの心身の成長が見られます。

乗馬体験を始めた1年目は、子どもたちに2カ所に分かれて並んでもらい、入れ替わりながら乗馬をし、ゲーム感覚で全員が体験を共有できるよう工夫しました。2年目は、順番を待っている間、先生が持たせてくれたカメラを使い、子どもたちが自発的に乗馬している子の写真を撮りあうという偶然が起きました。体験していない時間も楽しめる工夫が、まだまだあるなと気付かされた瞬間です。3年目は、この発見を生かして乗馬体験中にカメラも子どもたちに触ってもらっています。

田中: 私が講師を担当したモルックというゲームをやったときは、どうやったらスムーズに準備ができるかとか、得点の計算が早くできる方法を子どもたち自身で試していました。

講師や先生が何も言わなくても、子どもたちが自主的に考えて工夫する姿は、クラブ活動の中でもよく見かけます。

子どもたちを通じて地域の未来を自分ごとに

他に、クラブ活動を通じて印象的だった出来事はありますか。

田中: 今日開催したクラブ活動で、折り紙の講師をやってくれた菊地さんという方がおっしゃっていたことですね。

最初に講師をお願いしたときは「私なんかが講師をやるなんて」と心配されていましたが、先ほどクラブが終わった後に感想を聞いたら「実は、すごく不安で昨日の夜は眠れなかったの。けど、来てみたらめんこい子がいっぱいいて、すごくなつっこくしてくれて。本当に嬉しかった」と。なんか、感動しちゃいました。そんなふうに思っていただけて本当に良かったなと。

折り紙クラブの講師の菊池さん

田中: 私がクラブ活動に関わり始めたのは2022年からで、以前はこういう活動が小学校で行われているとは知りませんでした。一緒に過ごす時間が増えて、子どもたちの才能の豊かさを常々実感しています。

クラブ活動は、地域の大人が子どもたちや学校に関わる余白になっているのかもしれませんね。

田中: 私には子どもがいないですが、クラブ活動に関わるようになってからは、地域の未来をより自分ごととして考えるようになりました。「この子たちが生きる下川町は、どうあるべきなんだろう」と想像すると、より切実かつ具体的に考えられるようになった気がします。

田中: それに、単純に元気がもらえますよね(笑)。学校の外で子どもたちと会ったときに、「ゆっこさんだ!」と声をかけられることもあります。そうすると、地域の中に私の居場所があると感じられるし、安心感を覚えます。

尾崎先生: 先生という役割もあるため、例えば田中さんが「ゆっこさんって呼んでね」と呼びかけるような関わり方は、僕ら教師はできません。地域の方々が講師として前に立って、年齢に関係なく同じ目線で楽しんでくれるので、子どもたちにとってはいろいろな立場の大人とのコミュニケーションを学ぶ機会になっていると思います。

矢内: 僕は下川町出身ですが、昔は自分の友達の親やご近所さんとして、大人を認識することがほとんどでした。「誰々のお母さんとお父さん」というふうに。でも今は「雪板の○○さん」とか「将棋の○○さん」みたいに、興味のあることと大人を紐づけて覚えているようで、僕らの頃にはなかった関係性だと思います。

田中: 公区活動とか子ども会の活動は、昔のほうがきっと盛んでしたよね。

矢内: そうですね。今は保護者以外の、地域の大人たちと子どもたちのつながりが増えてきているんだろうなって。親が知らない大人と、自分の子どもが仲良くなっていることも、結構ありますよ。娘たちが「こんにちは」って話しかけた相手を僕が知らなくて「あの人誰?」って後から聞いたり。おもしろいですよね。

尾崎先生: 地域の方々が子どもたちと関係性を持てると、地域全体が安全になるなとも思います。登下校時に見守ってくれる方が増えると、学校としてもありがたいことです。

くじけそうになったら下川町のことを思い出して

地域の大人と子どもの関わりは、他にどんないい影響があると思われますか。

田中: 先ほど尾崎先生もおっしゃっていましたが、先生は先生という職務があるから、絶対に間違ってはいけないと慎重になったり、常に子どもの見本でなければいけないという意識を持たれていると思います。でも間違えたり悩んだりするのは、人間であれば当然のことです。

さまざまな大人と関わることで、子どもたちにとって「こういう人もいるんだ」「そういう考え方もあるんだ」と発見があると思います。異なる価値観を受け止めたら、次に「自分はどうだろう」と考えることが重要だなって。いろんな人の考えや人柄に触れて、自分ならどうするかを考える力が、養われるんじゃないかなと思うんです。

小峰: 異なる立場や職業の人たちが、地域のことを自分ごととして考えられるようになるには、子どもたちと繋がるのが一番だと思います。地域の子どもたちを育てようという共通の目的を持てれば、それぞれの活動が繋がりやすいし、地域が一つにまとまっていくのではないかなと。

小峰: 僕が下川町に移住したのは、お金ですべてを解決する都会の価値観に疑問を持ったからです。お金や物を消費するのではなく、人とのつながりで育まれる暮らしが、下川町では実現できると僕は思っています。そういう感覚や体験を、町内に住んでる子どもたちにも感じ取ってほしいなって。

クラブ活動では「乗馬が楽しかった」という思い出だけでなく、本当はもっと深い体験まで提供できたらと思ってるんですが……。伝えたいことをすべて伝えるには時間が足りないから、他の機会も活用しながら、できることはなんでも協力したい。そして、思い通りにいかなかったり、何かにつまずいたりしたときに、助け合って乗り越える力を身につけてもらえたらと思っています。

田中: 今の子どもたちが世に出て求められる力は、あまりにも多様だと思います。いろんな情報から自分に合うものを探し出す力や、何が正しいのかを判断する力、そしていろんな考えを受け入れる力。他にもあると思いますが、これらは一朝一夕では身につきません。いろんな経験の積み重ねで、培われるものですよね。

クラブ活動はあくまで、そういう力を養う機会の一つです。「楽しい」や「好き」を見つける時間として過ごしてもらいつつ、それぞれの才能が発揮されたり、柔軟な考え方が養われたりするように、私たちも協力していきたいと思っています。

小峰: 願わくば、子どもたちが自立して、もし行き場を失ったときは、ふるさと下川を頼りにしてもらえたら住民としてはうれしいです。