下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

地域との関わりが、将来への解像度を変える

下川町には、高校が一つだけあります。北海道下川商業高等学校、通称“下商”です。町内はもちろん、隣町からバスで通う生徒も集まります。下商では、高校3年性の授業の一環として、商業高校で3年間学んだことの集大成として実践・発表する、課題研究という時間が設けられています。2019年からは、高校生の研究に地域の方々がより密着して協力できるよう、プログラムに工夫が重ねられてきました。

2021年度の課題研究からは、一人ひとりでテーマを設定しています。自分の興味のあることや好きなことと地域が抱える課題と重なる部分を探し、その解決に向けて企画を考え実行しようというカリキュラムです。

今回お集まりいただいたのは、高校3年生(当時)の佐藤海希くんと、その担任の遠藤謙太先生、そして海希くんの課題研究の協力者の一人・若園佳子さんの3名。

それぞれの立場から感じた、地域と学校の関わりが与える影響について、お話を伺います。

登場する人

(写真左から)
北海道下川商業高校3学年担任 商業科長
遠藤 謙太(えんどう けんた)
北海道下川商業高校3年
佐藤 海希(さとう かいき)
地域の協力者
若園 佳子(わかぞの けいこ)

テーマ設定、どうしよう?

今回の課題研究に、取り組んでみた感想を教えてください。

海希: 3年生になったら課題研究という授業があることは、先輩たちの発表を聞いていたので知っていました。でもいざ自分がテーマを決めるとなると、最初は本当に思い浮かばなくて……。何をどう進めたらよいのかずっと考えていました。

ただ、好きにテーマを決めていいなら、自分の進路につながることをしようと思って。保育士を目指しているので「進学前に保育者としての将来像を確立する」という目標を先に決めて、具体的に何をやるかを考え始めました。

海希: まず思いついたのは、お母さん方に子育ての悩みや、ふだん考えていることを伺う「お話会」です。今まで保護者の方々のリアルな声を聞いたことがなかったので、直接話せる機会を設けようと思いました。

でも、本当にお話会をやるだけで、目的が達成できるのか疑問がわいてきて。将来保育士になるためには、もっと自分にできることがあると思いました。そこで、育児の大変さを実感するためにも、子育てに関わる困りごとをなんでもお手伝いする「なんでも屋」もやると決めました。

(提供:佐藤 海希くん)

具体的な企画を決めたら「下川りくらしネット」(*1)の田中由紀子さんに相談しました。そしたら、町内のお母さん方に声をかけてくれて、1週間で「お話会」は8人、「なんでも屋」は5組の予約が入って。まさかこんなに参加してくれる方がいるとは思っていなかったので、びっくりしました。

(*1)下川りくらしネット:下川町での暮らしをより良くするために活動している、町内の女性たちで構成された有志の団体。

短期間でそんなに協力者が集まるのは、すごいですね。関心が高い証拠でしょうか。

若園: 「お話会」と「なんでも屋」の企画を聞いたとき、高校生が、自分の好きなことや興味のあることを起点に地域の課題を解決しようっていう取り組み自体が先進的だと思ったのもありますが、海希くんのスタンスを応援したいと思いました。

若園: 「保育士を志望するとなると、保育園や幼稚園の中に入って実際に保育士の仕事をしたいと思う子が多いのかなと思います。でも海希くんは、保護者と対話して何かを見つけていきたいという姿勢を持っていました。それがすごくいいなって。教育現場に入ると、どうしても指導するスキルや園を運営する方法を重視しがちだと思います。海希くんは、もっと本質的なことに興味があるんだなと感じました。

海希: 若園さんには、1回目のお話会に参加していただきました。僕も下川町出身で、下川町認定こども園「こどものもり」(以下、こども園)に通っていましたが、自分が感じていたこども園のイメージと、お母さん方が感じているイメージが違うことが分かったり、子育ての困りごとも教えてもらったり。自分の立場だからこそ聞けることをたくさん伺えたと思います。

若園: 子育ての大変さって、時間が経つと美化されたり、忘れてしまったりします。自分が日々「こうなったらいいな」と感じていることを誰かに話す機会も、たくさんあるわけではありません。言語化するのが難しいですよね。

でも、誰にも伝えないまま、何もしないままだと、困りごとは解決されない。私の娘や息子が小さかった頃に感じていた悩みを、もしかしたら次に子育てをする親たちも同じように持つかもしれません。こども園や家以外で困っていることを改めて聞いてもらう機会は大事だなと思ったし、そういう場を高校生が作ってくれるのもすばらしいなと思います。

若園さん(左)が参加したお話会のようす
(提供:下川町教育委員会)

不安が自信に変わった瞬間

海希くんが今回の課題研究を通じて自分自身の変化を感じるポイントがあったら、教えてください。 

海希: もともと保育士を目指そうと思ったのは、歳の離れたいとこの存在が大きいです。いとこと遊ぶのがすごく好きで。年末年始も会いに行きましたが、僕の方がメロメロでした(笑)。

海希: でも、親戚以外の子どもたちと触れ合う機会がないまま保育士を目指すことに、ずっと不安がありました。新型コロナウイルスの影響で、インターンシップもできなかったですし……。でも今回の活動を通じて、他の学生ができないような経験を、いっぱいさせてもらえたなって。

課題研究を経て、ますます保育士になるのが楽しみになりました。進学に対する熱量が変わりましたね。

若園: 子どもたちとの関わりの中で、特にどの活動が印象に残っていますか?

海希: どれも印象的ではあるんですけど一番は、あるくんっていう、聴覚に障がいを持っている子との時間ですね。

若園: 何をして遊んだの?

あるくんと遊んだときの様子
(提供:下川町教育委員会)

海希: 1時間半ぐらいサッカーしたり、追いかけっこしたり。あるくんとは初対面だったから、最初はあるくんの顔もこわばっていたし、コミュニケーションの取り方も難しくて。でも、遊んでいたらだんだん笑顔が増えていきました。やっぱりこの笑顔を見られるのが、最高だなって。

障がいを持っている子と関わるのは初めてでしたが、この活動がなかったら、自分に何ができるのか考えもしなかったと思います。保育士になって実際に現場に出たときにも、つながる経験をさせてもらいました。

若園: 実体験を得られると、自信につながりますよね。

一人ではできないことも地域の方々とならできる

学校と地域が関わる価値は、どんなところにあると思いますか?

若園: 子どもの頃から親や親戚とか先生以外の大人と関わる機会があることは、重要だなと思います。家族や学校以外で関わる人の存在が、子どもの助けになることもあると思うんです。

ちょっと行き詰まったときに先生や親には相談できないことも、その人にはポロっと言えたり。いろんな生き方や考え方の選択肢を知れますし。

遠藤先生: 課題研究の授業が始まる最初に、僕がいつも生徒たちに伝えるのは「この授業で得たことを社会でどう役立てられるか」ということです。座学とは違って、自分の頭で考えて動く授業ですから、言われたことをやるだけでは上手くいきません。しかも、地域の方々と関わることで、生徒たちの日常の感覚とは違う常識の中で暮らす大人たちとの、コミュニケーションも必要になります。こうした経験は、社会に出てゼロから何かを作り上げたり企画を立てたりするときに必ず生きるはずです。

海希: 地域の人と関わるかどうかで、企画のクオリティはすごく変わるなって思います。課題研究という授業自体、地域の方々に関わってもらうからこそ自分一人ではできないことができる時間です。企画を作るだけでなくて、実践してどういう結果が得られたのかが一番大事だなって。

僕の場合は「進学前に保育士としての将来像を確立する」というゴールを決めていましたが、地域の方々がいないと、この目標は達成できなかったと思います。

具体的に、どういう将来像を設定することができましたか?

海希: 「お話会」で聞いたお母さん方のお話が影響しているんですが、子どもたちがやりたいことを目一杯やらせてあげたいなと。子ども一人ひとりに寄り添いながら、子どもらしさを尊重できる保育者になりたいと思っています。

ちなみに海希くんが影響を受けた地域の大人って、いますか?

海希: 僕の18年間で印象的な人は何人かいますが、その一人は高校3年間の担任だった遠藤先生です。

遠藤先生: そうなんだ(笑)。

海希: 遠藤先生は、僕がやりたいことを自由にやらせてくれました。そういう姿勢で接してもらえたから、今の自分の行動力も生まれたのかなって。

遠藤先生: 基本的に、あんまり口出ししませんでしたね。生徒たちは、僕らの予想の斜め上ぐらいのことをやってくれるので。うるさく言ったら逆効果だし、失敗してもいいと思っていました。

そばで見ていた遠藤先生は、課題研究を通じた高校生たちの変化を感じましたか?

遠藤先生: 生徒たちのもともとの素質が現れたのか、この授業を通じて芽生えたのか分かりませんが、僕らがアドバイスをする前に、主体的に動いてすでに取り組んでいるということが、よくありました。人前で喋るのが苦手だった生徒が発表できるようになったり、地域のイベントに自主的に参加するようになったりもして、そういう変化はすごくうれしいですね。

遠藤先生: 地域に学生が飛び出すことは、学校側のルールに合わせて地域の方々に協力していただかなければならないことがあるから、ハードルが高くなりがちです。でも下川町に赴任して、今回初めて3年生の課題研究を最初から最後まで実践してみたら、意外とできることはたくさんあるんだと感じました。地域の企業の方々も、やさしくフランクに対応してくださったし「もっとやっていいんだな」と。

海希: こういう授業って、本当に下川町みたいな地域でないと、できないと思います。

遠藤先生: 地域の方々が協力的だからこそ、学校側でももっとできることがあるんじゃないかと思っています。3年生になって課題研究に着手するまでに、いかに地域のことを知って、いろいろな視点を身につけられるかが重要ですが、今はそこが足りていないと思っています。3年生になって、いきなり必要に駆られて地域のことを調べ始めても、なかなか深いところまで観察したり考察したりできません。

だから1年生のうちから町内の企業の調査をしたり、地域の方々と関わる機会を積極的に作ったりしていきたいなと。来年からは、地域と学校の壁をより低くして行き来できるようにしていきたいですね。