下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

学校を飛び出して仕事と自分の得意・好きの交差点を考える

筆者が中学生の頃、学校での人間関係が世界の中心でした。うれしいことも楽しいことも眠れないほど悩んだことも、中学校での出会いや出来事によって、左右されていた気がします。

けれど、世界はもっともっと広い。その事実は学校以外の居場所がないと、なかなか気づけません。

下川中学校では3年間の総合的な学習の時間を通じて「働く」を考える機会が設けられています。特に中学2年生では、生徒自身が地域に飛び出し「働く」を実践する職場体験があります。

医者や看護師になりたい生徒は病院へ、スポーツに興味がある生徒はジムを開業した方のところへ、料理が好きな生徒は町内の飲食店へ……というふうに、自分の好きなことや興味のあることを言語化し、それに関連する町内の方々のところへ一日限定で体験に行くのです。

例えば、中学2年生の折原さくらさんは、町内の書店「ゆきみち書房」で職場体験を行いました。

「(お店を)地域の人たちが集まる場所にしたいと宰子さんがおっしゃっていたのが印象的でした。お店をそういう場所として考えたことがなかったので」とのこと。

さくらさん(左)と「ゆきみち書房」店主の富永宰子さん(右)
「ゆきみち書房」で職場体験中のさくらさん

また、さくらさんは町内の方に編み物を教わっているそうで「下川町にはいろんな人との繋がりがあるという宰子さんの話は、確かにそうだなと感じた」と言います。

「私も学校以外の地域の人と関わることがあり、友達や先生と話しているときには気づかなかった価値観や体験を得られると感じます。編み物も、習いに行くたびに新しいことを教えてもらえるし、家や学校とは違う感じで、リラックスできます」

学校を飛び出し、地域の方々と関わることで見える世界は、子どもたちの目にはどう映っているのでしょうか。

さらに、彼・彼女たちを受け入れる地域の大人たちや、生徒を見守る先生方が感じる職場体験の価値とは。それぞれの立場から、お話を伺いました。

登場する人

(写真左から)
下川中学校 2学年担当
大西 雅人(おおにし まさと)
「ゆきみち書房」店主
富永 宰子(とみなが さいこ)
下川中学校 総合担当
鶴田 翔(つるた しょう)

総合的な学習の時間「職場体験」。どんなことをやるの?

鶴田: 事前事後学習を充実させ、子どもたちの希望をできるだけ叶えられるようマッチングし、地域に出て行く職場体験学習を2年前から始めました。生徒たちが、将来の職業選択に繋がるいろいろな視点や価値観を持てたら、という思いで総合的な学習の時間を組み立てています。

大学生インターンとの交流の様子

鶴田: 春に、自分の適性や興味のある職業について自分で考える時間をとりました。夏にはインターンで下川に来ていた大学生の方々と一緒にインタビューの練習をしました。町内の方々にお世話になる前に、スムーズなコミュニケーションを取れるようにするのが目的です。

鶴田: その後、コーディネーターの方に相談して、いろいろな事業者さんと調整していただき、10月に職場体験を実施しました。今年(2023年度)は17か所の方々にご協力をいただきましたね。

富永: 私のところで職場体験をした折原さくらさんには「ゆきみち書房」で本の整理を手伝ってもらいました。さくらさんは絵を描くことが得意だと聞いて、事前に今まで描いた絵を見せてもらっていたので、ポップ作りもお願いしました。

さくらさんが作ったポップ
「宰子さんとの会話を通じて、自分一人では思いつかないテーマやお題を依頼されると、描いていて新しい発見があるなと思いました」とさくらさん

鶴田: さくらさんは事前学習を通じて自分の興味があることに、デザインを挙げていました。その部分を、富永さんにも汲んで受け入れていただいた形です。

富永: やわらかいけど、すごくしっかりした絵を描くなと感じていたので。職場体験が終わった後も、うちの本屋で販売するグリーティングカードのイラストを個人的にお願いしました。もちろん、お仕事として。

富永: もっと長い時間、職場体験ができたらいいんですけどね。選書や発注なども本屋の仕事ですが職場体験の3時間だけでは、とても伝えきれません。さくらさんも、新しいことに次々興味がわいてくる子なんだなという印象を受けたので、もっといろんなことを体験してもらえたらよかったなと思います。

大西: それは学校側でも度々出てくる意見なんです。学校側で決められた授業数が少なすぎて、調整が難しくて。下川町の場合は柔軟かつ積極的に協力してくださる方が多いから、もっといろんなことができそうだとは思うのですが、僕らとしても歯痒いのが正直なところです……。

さくらさんが描いたグリーティングカード。すでにほとんどが売れたのだとか

働くことへの自由な発想を

鶴田: 職場体験後は、下川商業高校の1年生と一緒に振り返りの時間を設けました。高校1年生も、毎年町内の事業者さんのところで3日間、インターンをしているんです。高校生は進路について考え始めたり、すでにやりたいことが決まっていたりする子もいるので、お互いの視点が刺激になるのではと思い、発見したことや感じたことを共有しました。

大西: 働くことの大変さを感じることはもちろん「好きだと思っていたけど、あんまり向いていなかった」「職場体験を通じて、仕事に興味がわいた」という感想もありました。でも、生徒たちの多くが「こんな人が下川にいたんだ、と知るきっかけになった」と話していたのが印象的でしたね。

富永: 私にとっても、とてもいい出会いでした。お店では海外の作家さんやアーティストの本や絵も扱っていますが、さくらさんの受け入れを通じて、町内で描いている方の作品を全然発掘していないことに気づいて。額縁を作ってもらったり、一緒にイベントをしたりということはありましたが、イラストは、まだないなって。だから今回、若い感性に触れられて良かったです。

鶴田: 僕ら教員にとっても職場体験を通じた新たな気づきがありました。受け入れの調整をする際、地域の方々が感じている課題や「こういう人と働きたい」という人材のイメージを知ることができました。工夫次第で、地域側の要望を職場体験のプログラムにも反映できるのではと感じます。

鶴田: あとは、子どもたちのいろんな側面を見ることもできました。学校で過ごしている姿が、その子のすべてではありません。学外でどんな活動や人間関係があるのかを知ることができたのは良かったですね。

富永: 私が子どもの頃も、学校以外で先生や親以外の大人と関わる機会は、ほとんどありませんでした。なんとなく、社会人は別の世界の人だという印象を植え付けられた気がして。
でも、そういう固定観念は取っ払って、大人の方から子どもたちに「もっと自由に話そう」という姿勢をどんどん示していい気がします。

大西: 僕自身が発見したことは、自分自身の歴史や意思を持って暮らしている方々の多さですね。自分のライフスタイルを豊かにするための手段として、仕事を捉えている方がいることに驚きました。僕には無かった考え方だったので。
「親が働いているから」「家族に『公務員が安定している』と言われたから」など、生徒は身近な大人の意見を元に、職場体験の行き先を決めがちです。また、学年によって特徴がありますが、今年の中学2年生は、働くことを考える上で「お金さえあればなんとかなる」という考えを持つ子が多いと感じていました。
もちろん、お金は大事です。でも、お金は目的ではなく手段だと考えている地域の方々との関わりの中で、生徒自身の考え方に新たな発見や変化があったらいいなと思います。

大西: 例えば、僕が一番印象に残っているのは大工さんのお話です。職場体験に行った生徒の「中学生のうちに勉強しておくべき一番大事なことはなんですか?」という質問に対して、「道徳だよ」と答えていて。
生徒は木工とか数学とか技術に関する答えが返ってくると想定して質問したと思いますが「お客さんの気持ちに応えた家を建てなければいけない。人の思いを理解して、コミュニケーションを取ることも仕事だから、道徳を学ぶことが大切」と。その大工さんの回答を聞いて、生徒もハッとしていましたね。

鶴田: 今は、誰とも会わずにネット上で完結する仕事もたくさんあります。でも、人と関わらないでできる仕事なんてないということを、子どもたちには感じ取ってもらえたらと思いますね。

富永: 私は今回初めて職場体験の授業の受け入れをしましたが、来てくれた人たちには起業したりお店を持ったりすることへのハードルの低さというか、やってみればできるということを感じてもらえたらと思いました。うちは大型書店などとは違って、家具や内装も譲っていただいたものやコミュニティの中で作られたもので、ちょっと変わった本屋です。こういう形の仕事や働き方もあるんだと、自由な発想をしてもらえたら。
それに私自身も、町を楽しい場所にする活動を一緒にやりたいですね。この前来てくれた中学3年生の子たちが空き家に興味があると言っていて、驚きました。同時に、空き家について考えている子がいるという事実が、未来を明るくしてくれた気がして。もっともっと、町内の子どもたちとも関わっていきたいなと思います。