下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

15年一貫の森林環境教育がもたらす子どもと大人の変化とは

下川町では幼小中高の15年間、一貫した森林環境教育が行われています。

森林が町の面積の9割近くを占める下川町では、どのような授業が行われているのか。小学校5年生の授業をのぞいてみました。

小学5年生の授業を見てみよう

「さの木屋」の佐野圭司さん

冬に積もった雪が、やっと解け終わる5月。小学校5年生の森林環境教育の授業は、町内の渓和森林公園から始まりました。

待っていたのは、個人で森や庭の手入れなどを請け負う「さの木屋」の佐野圭司さん。

森林環境教育では、佐野さんのように地域の方が先生になることも。時にはご自身のなりわいを交えながら森のことを教えてくれます。

今回の授業テーマは「木材の活用方法について学ぼう」。森で伐倒された木材が、どのように加工され、製品として自分たちの目に触れるようになるのかを学びます。

まずは森から木が伐り出される現場を知るため、アカエゾマツを伐るデモンストレーションを見学しました。

森中にチェンソーの音と子どもたちの歓声が響く

伐倒後、この木がなぜ間伐されるべきなのか、どのような機器を使っているのか、日頃の仕事で気をつけていることなど、佐野さんのお話を聞く子どもたち。

「木を伐れない季節はあるんですか?」「チェンソーは危なくないんですか?」など、さかんに質問をしていました。

工場内を案内してくれた三津橋農産の永宮清常務取締役

渓和森林公園を後にし、次は伐った木を加工する工程を見に行きます。

到着したのは三津橋農産株式会社(以下、三津橋農産)。ここでは、丸太を製材し出荷作業を行なっています。

つい数十分前まで森で見ていた木と、目の前に積まれる白く平べったい角材が同じものかどうかを確かめるように、表面に触れるようすも。

香りを嗅いだり「すべすべする!」と、感触に驚く子もいました。

また、三津橋農産では製材の過程で出たチップも、木を乾燥させるために稼働するボイラーの燃料に使われます。おがくずは酪農家さんのところへ運び、牛舎の敷料として再利用。余すことなく活用する下川町の林業を体現しているのです。

ちなみにこの日は、チップをストックしておくタイミングにちょうど出くわし、チップの滝に打たれ、子どもたちは大興奮でした。

製材の様子を学んだら、次はいよいよ製品化の過程を学びます。

最後に訪れたのは下川フォレストファミリー株式会社(以下、フォレストファミリー)。造作用の集成材から、内装に使われるフローリング、家具に至るまで加工・製造しているメーカーです。

フォレストファミリーの取締役・麻生翼さん
工場の中に入るといろんな機械の音が一斉に耳に入ってくる
木によって商品にも違いが出ることを学ぶ
フォレストファミリー主任の後藤由充さん
フォレストファミリーでは3D NCルーターを使い、精巧なデザインの製品作りも可能。子どもたちも、下川町のゆるキャラ「しもりん」など馴染みのある製品を見て、思わず前のめりに。
子どもたちの「ものづくりをする時に、どんな願いをこめていますか?」という質問に「使ってくれる人が、喜んでくれますようにって思いながら作っています」と答える後藤さん

下川小学校で使われている椅子と机は、最後に訪れたフォレストファミリーで作られたもの。子どもたちの成長に合わせて高さを調節できるようになっています。

さらに、子どもたちが卒業したあとは、椅子と机はフォレストファミリーへ運ばれ、表面を削るなどきれいに整えられてから、次に入学してくる1年生に受け継がれます。

木製の椅子と机だからこそ、研磨さえすればきれいに長く使い続けることができるのです。森の恵みを余すことなく活用するという姿勢は、ものを使う姿勢にも根付いていることが分かります。

木材の調達から加工までの様子を見学し終えたら、メモをまとめ、新聞を作ります。

これらすべての見学は、午前中のうちに終了。林業・林産業の川上から川下までの現場に足を運べるのが、下川町の強みでもあるのです。

下川町認定こども園「こどものもり」古屋園長

15年間の一貫した森林環境教育が現在のスタイルに定着するまで、さまざまな試行錯誤がありました。経験とノウハウの結集は、偶発的に起こったものではありません。

そもそものはじまりは、「こどものもり」で月に1回行われていた「森のあそび」でした。

「森のあそびを始めてから、2025年で20周年です」と話すのは、現在の「こどものもり」園長を務める古屋いづみ園長。森の生活と協働しながら、毎月「森のあそび」を実施しています。

「森のあそびの目的は、五感を通して心と体がたくましく育つこと。そのために、子どもたちとは3つの約束を必ず確認しています。先生やお友達の見えないような場所に行かないこと。落ちている枝や棒を振り回さないこと。そして森で見つけたものを、勝手に食べないことです。それから、子どもたちは森に入る前に必ず「よろしくお願いします」とあいさつをしてから入ります。

長年の取り組みのおかげか、子どもたちもむやみに植物を採ったり虫を殺したりせず、じっと観察したり『見て見て!』とていねいに先生のところへ運んできたりします。自然に対する敬意と感謝の心が育っているのだと感じます。」

7月、町内の公園をさんぽした「森のあそび」の様子(写真:森の生活 ブログより)

森の生活が森のプロであれば、古屋園長たちは子どもたちの安全を最優先に考えるプロ。森のあそびを実施する前は必ず下見をし、怪我や事故につながりそうなものはないかを確認しています。

最大の注意を払いつつ、子どもたちが楽しめる内容を重ねた結果「こどものもり」の先生や子どもたちの家族も「森のあそび」に常に前向きです。

「以前、東北で行われた保育研究会で下川町での取り組みを発表する機会がありました。その際『(下川町では)どうしてそこまでできるの?』と聞かれたんです。保育士たちはもちろん、行政の協力と森の生活のような地域の方々、そして保護者の方々にも理解のある方が多いからこそ、続けられるのではと思います」

「先生方の変化を感じられることはあるか」という質問に対しては、「森のあそびに対して先生方は当初から積極的でした」と前置きし、お話いただきました。

「森のあそびだけでなく、子どもたちがいだくドキドキやわくわくに対して、私たち大人も興味をち、共感することを心がけています。子どもたちと一緒に『この虫は何だろうね』と考えたり『葉っぱが綺麗だね』と感動したり。共感する心は、子どもの豊かな感性を育む土壌になると思っています」

4月の「森のあそび」では採取した白樺樹液を味見(写真:森の生活ブログより)

下川中学校1年生 中村山太さん

大人たちの森林環境教育に対する思いがある一方、実際に授業を受けている子どもたちはどう感じているのでしょうか。

中学校1年生の中村山太さんに聞いてみました。

「『こどものもり』に通っていたときは、森で遊んだり植物で工作したりするのが楽しかった記憶があります。特に印象に残っているのは、落ち葉を集めて焼きいもを作ったとき。火を使えたのが楽しかったです」

小学校に上がると、森のことだけでなく環境に関わる他の分野にも興味がわいたと言います。

「学校の授業で木質バイオマスボイラーが、なぜ下川町で使われているのかを学びました。もともと森林が好きで馴染みやすかったから、循環型森林経営のことにも興味がわいて自分で勉強しようと思ったんです」

「下川町は木を植えることが根付いているから、そのぶん排出される二酸化炭素を吸収してくれていると思います。僕も、なるべく二酸化炭素を出さないようなことができないかって、考えることもあります。下川町は空気がきれいだから、なるべくこの状態が続いてほしいと思っています」

山太さんの自家発電する車のアイディアスケッチ

今では森林のことだけでなく、カーボンニュートラルがどのように達成できるのか、森の中で見つけるポイ捨てや日々排出されるごみの量をどうやったら減らせるのかに興味があるそう。

すべての子どもたちが、山太さんのような関心を持っているわけではありません。

しかし、森や環境問題に対する子どもたちの感度の高まりには、森が自分ごとになる、森林環境教育のカリキュラムが一役買っているといえそうです。