下川町地域共育ビジョン-子どもが誰ひとり取り残されず、全体が大きな家のような教育のまち-


インタビュー

地域共育に関わる多様な取り組みを
インタビュー形式で紹介します。

循環する森づくりを土台に芽吹く、森林環境教育の可能性

下川町の面積の90パーセントは、森林です。60年以上前から木を育てて伐採し、また木を植えるという循環型森林経営を続けてきました。

その結果、林業・林産業は基幹産業の一つへと成長。2014年には森林のサイクルが一周し、先人たちの残した森が、連綿と地域を支えています。

豊かな森は、経済的な支柱となっているだけではありません。人を育むゆりかごとなっています。下川町では幼小中高の15年間、一貫した森林環境教育が行われているのです。

発達段階に合わせて、環境や経済、文化的な側面などの視点から、森林の価値はもちろん包括的な持続可能性を学びます。

先生たちの異動・転勤で内実が変化しがちな教育現場ですが、下川町の森林環境教育は、もはや足腰。10年以上継続されている取り組みです。しかし、こうした土台は一朝一夕で構築されたわけではありません。

森林環境教育が、なぜ下川町に不可欠なのか。その軌跡をうかがいます。

登場する人

(写真左から)
 
下川町役場 産業振興課 主査 森林づくり専門員
斎藤 丈寛(さいとう ともひろ)
NPO法人 森の生活 代表理事
麻生 翼(あそう つばさ)

森林の町。でも子どもたちは森に行かない?

斎藤: 下川町の森林環境教育の素地は、循環型森林経営にあります。約30年前、下川森林組合が担い手を育成するための体制づくりを始めました。Iターンの移住者も積極的に雇用する方法は、当時はかなり先進的だったと思います。

持続可能な森づくりの体制が整ってきたところで、新たな人材を育てる必要性が議論されるようになりました。同時に、下川町の子どもたちが森に行く機会は、ほとんどない状況に対する課題意識も生まれました。好きで行く子はいたとしても、ごく少数だったと思います。

麻生: 2006年にはNPO法人森の生活(以下、「森の生活)」が「下川町認定こども園 こどものもり」にはたらきかけて、月に1回森にまつわる遊びや活動を企画・運営する「森のあそび」を開始しました。「森のあそび」を実施するまでに、森林療法プログラムを試験的に運用したり、林業体験を企画したり、森を活用した多面的な取り組みを、すでに行っていて。子どもたちに向けた本格的なプログラムとして「まずやってみよう」と始まったのが「森のあそび」でした。

斎藤:翌年の2007年には僕ら下川町役場が学校と直接やりとりして、小学校から高校まで森林にまつわる授業を行うようになりました。

「総合的な学習の時間」と呼ばれる授業は2000年から少しずつ全国で始まりましたが、具体的に何をすればいいのか参考になる事例がほとんどなかったんです。下川町では、循環型森林経営という産業としての土台や「森のあそび」など、すでに前例がありました。そこで、総合の時間の一部を森林環境教育として充てようということになり「森の生活」の方々には講師として授業に協力してもらうことになりました。

現在も続いている「森のあそび」。雪原をすべって遊ぶプログラムは子どもたちにも人気

麻生: 「森の生活」が町から森林環境教育を引き継いだのは、2009年度です。3つの目的をベースに、どんなことを授業として盛り込むのか、中身を組み立てます。

1.身近な自然における学びや楽しみを通じて人間的な成長を育む。
2.地域の資源である森林を活かす仕事について理解を深める。
3.森林の役割や地域の取り組みについて考え、持続可能な社会に向けて自ら行動できる人を育む。(NPO法人森の生活ウェブサイトより)

麻生: 「森の生活」で設計する授業内容は「LEAFプログラム」という北欧発祥の考え方にも基づいています。文化的、生態学的、経済的、社会的の4つの側面から、子どもたちが主体的に森の役割や価値、人間との関係性を考えられるような工夫をして、内容を決めていくんです。

2022年の、幼小中高の学びの位置付けと目標(「森の生活」公式サイトより)

斎藤: 麻生さんたちに引き継ぐ前は、僕が全学年分の授業を試行錯誤していました。

例えば中学1年生向けの授業を考えたときは、必修科目として学ぶ三角形に関する方程式を活かせるように、「森を調べよう」というテーマで樹高を測るプログラムを行いましたね。

麻生: そのころは、まだ森林環境教育が下川町教育推進計画の中に位置付けられていませんでした。けれど、循環型森林経営にはじまり「森のあそび」を実践してきた背景や斎藤さんたちの取り組みもあり、15年間一貫した森林環境教育の価値を、学校現場も理解してくれていたのだと思います。

だからこそ、2017年、2018年、2019年に学習指導要領が改訂されたあとも、下川町内の学校ごとに教育課程や授業の科目の中で位置付けていただき、継続されています。

斎藤: 学校現場としても、網羅しなければならない総合の単元数があります。「森の生活」が一貫した森林環境教育を担うことで、「なぜこの授業を行うのか」というところへの関連性や運営上の落とし所を明確にできるようになっていきました。さらに学校側の事情も理解しながら地域とつなぐコーディネーターも入ってきて、学校側も取り入れやすくなったと思います。

10年以上かけて培われたノウハウと実績が地域にあるからこそ、校長先生や教頭先生など学校のトップが異動しても「森林環境教育は、下川町として大切にしたい取り組みだ」という認識がされ、揺るがないものになっているんです。

「木質バイオマスボイラーがあるから大丈夫だよね」

斎藤: 人材育成という目的で始まった森林環境教育ですが、たとえば下川森林組合に何人も就職したとか、林業に携わる地元出身者が何割を超えたとか、具体的な数字で測れる効果は、まだ見えづらいところもあります。子どもたちの進路を強制することはできませんから。でもせっかく下川町で生まれ育った子どもたちが、何も知らずに地域を出てしまうのはもったいない。森林環境教育が、ここだから得られる経験や知識に少しでもつながったらいいなと思っています。

麻生: 何年か前、下川中学校で「SDGsのゴールから、地域にとって大事だと思うゴールを2つ選ぼう」という授業をやりました。いくつかのグループに分かれて選んでもらったんですが、すべてのグループで15番「陸の豊かさを守ろう」が選ばれて。その授業のために町外から来てくれていたゲストも「他の学校では、こんなことなかった」と驚いていました。他にも、下川町の子どもたちが他の地域の子と、おらが町自慢のような会話の中で「下川町の森林はすごいんだ」と話していたというエピソードも聞いたことがありますね。

斎藤: 下川の森のことを自分の言葉で説明できる子も、少しずつ増えてきた気がします。町内の小学校には熱供給する木質バイオマスボイラーが入っていますが、何も知らなければ、ただの暖房機器です。緑色の煙がモクモク出てきて、それが身体に良いし暖かい、なんていう分かりやすさはないですし。でも森林資源を生かす取り組みを授業で学ぶから、なぜ木質バイオマスボイラーがあって、部屋が暖かいのかを子どもたちは知っているんですよね。

斎藤: 自宅で停電に関するニュースを見ていたら「下川町は木質バイオマスだから大丈夫なんだよね」というようなことを、長男が口にしたことがありました。「ボイラーも電力で稼働するから少なからず停電の影響は受けるんだよ」とは伝えましたが、すべてを理解しているわけではないと思いますし、日頃の会話で森やバイオマスの話が何度も出てくるわけではありません。でも地域で学んだことが、記憶のどこかにしっかり残っているんだと思います。

町内の公共施設に配置され、熱供給をしている木質バイオマスボイラー

森林環境教育から持続可能性教育へ

麻生: 森林環境教育の可能性を考えると、もっと幅広い視点で扱える題材は他にも地域にたくさんあると思います。たとえば糞尿を活用したバイオガス発電を実践している町内の酪農家さんがいたり、捨てるのがもったいない不要品を次の人につなぐ「ばくりっこ」という店があったり。豊かなのは森林資源や林業だけではないですし、地域の大人が挑戦していることがすべて、教材になると思うんです。

2050年に向けてゼロカーボンを達成するための取り組みが始まっていますが、森だけに限らない、持続可能性教育のようなものに発展していくと良いなって。

斎藤: 持続的な教育という意味では、まだ理想段階ではありますが、子どもたちが関わるスモールビジネスが生まれると良いなと思いますね。地域の資源が経済的な発展や持続性ももたらすんだという体験を提供したい。町内の木材加工会社さんに、下川の森で育った木を加工してワークショップ用の作品を作ってもらっていますが、たとえばそこに子どもたちのアイディアをさらに加えて販売できると、おもしろいですね。

麻生: 今年、下川中学校の森林環境教育でも自分たちの欲しい木製品を自分たちで設計図を書き、作ってみるという取り組みをしています。その流れの中で、子どもたちが、自分で作った図面や製品を販売して地域の資源で稼げるんだという手応えも得られたらいいなと思います。

斎藤: そういうストーリーのあるモノを介在させると、地域を超えた交流にも発展しやすくなると思います。“なんとなく良いモノ”ではなく、60年以上の森づくりが土台の上に、経済的にも環境的にも持続可能かつ新しいビジネスにもなるモノを作れたら、新しい人的交流も生まれるかもしれない。

森を起点にさまざまな分野に発展していける取り組みが、持続的な教育につながるのではないかと思います。