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まちづくり講演会内容について

日時 平成16年4月28日 18時30から21時30分
場所 下川町バスターミナル合同センター2階大ホール

講演「夢をかたちに~住民による地域づくり」

酪農学園大学環境システム学部教授 松本 懿氏

講演の様子1

就職活動における勝ち組と負け組とは、勝ち組とはいい人材。いい人材とは単に偏差値が高いとか、出身校で判断するのではなく、その人自身がどうかである。出身校とか学部とかを書かず、白紙の状態で人物を見るという面接をするのが、ソニーを筆頭に広がっている。何を見ているかというと、人生経験というか主体性というもの。前向きに明るくいきないと、こんな会社に来てしまった、こんな上司に当たってしまった、こんな仕事を与えられてしまったということで、常にマイナスの発想しかしない。

本州の大手居酒屋チェーンでは最終の面接後に、「自分の夢」という作文を原稿用紙10枚書く。キーポイントはその学生が夢を持っているかどうか。仕事は厳しいが明確な夢を持っている子は採用してもそう簡単に辞めない。夢のない子や曖昧な子は離職する確立は高い。夢というものを重視している。

勝ち組負け組、夢の話し、どんな経験か。これは企業にも大学にも当てはまる。NPOなどのコミュニティービジネスなどにも当てはまる。自治体の地域づくりにも当てはまる。道内あちこち歩いていると非常に感じるところがある。それは本物かどうか。

40から50年前の北海道の地域づくりすばらしいと思ったのが、士幌町や池田町。この20から30年前のモデルは奈井江町や下川町。最近ではニセコ町や芽室町。たとえばどんな夢を描くのか、どんな町を作りたいのか。1つの例として、敬老祝い金をお年寄りにあげる。これが年寄りに優しくて、福祉のマインドが高くて、それがいい行政ということであればその政策を取り入れる。

一方、ちょっと待ってください。長寿社会というのは人生の夢。元気でいつまでも長生きしてほしい。発想を別にして、お年寄りがみんなでお金を出し合って、お陰さんで今日まで長生きさせてもらった。どうぞ、若い人のために、子ども達のためにこれを使ってください。もらうところか、逆に進呈する。そういう町を理想の町だね、いい町だねと思ったら、そういう政策に転換することが可能。どちらがいいかではなく、皆さんが判断すること。

どういう町を、どういう生き方が理想的だと考えることにより、そういうふうに作る。あらかじめ決まっていることではない。

観光地、たとえば新聞に取り上げられる。じゃらんなどの専門誌に取り上げられる。芸能人がやって来るなど、そういうふうに幅広く取り上げられて紹介されるなど、こういう観光地が理想だね。人もじゃんじゃんやって来る。そう思ったらそういう戦略を。

違う発想があり得る。専門家が、自分たちの長い間の取り組みを研究対象として、じっくりと研究、取材に来る。NHKがドキュメンタリーとしてプロジェクトXのように取り上げられる。テレビのタレントが来る必要はない。宣伝をしない。口コミでじんわりと。下川がそうするのならキャパがある。そのキャパを超えてお客が入ってくると、一見にぎやかなように見えるが、衰退の方向に向かっているのかもしれない。前者のような考えなら前者のような戦略をとるでしょうし、後者のように考えれば、後者のような観光地ができあがる。私たちは1つずつのテーマに関してどういう地域を作ろうとするのか。地域の人が思い描く夢、目標、レベル以上に発展はしない。それぞれ歴史や文化が違うので、他で成功したものが当てはまるとは限らないが、参考にできるものがある。

下川で思いつくこと、葛西、岡部、下高などスキー。今日温泉に泊まる。そこで野沢温泉村の話しをしたい。(資料の2ページ)

人口が4,500人くらい。下川と同じくらい。新潟県の県境にある。3メートルの雪が降り電柱が埋まる。鉄道はない。唱歌のモチーフになっている。出稼ぎの村である。しかし、昭和50年代の半ばには日本一豊かな村として都市問題研究所から表彰を受けた。平成9年上下水道100%完備。

講演の様子2

野沢温泉村には豊かな条件があったわけではない。自分たちでつくった。どのようにつくったのか。明治44年に日本ではじめてスキーが入ってきた。野沢温泉の県を越えた隣の上越市。野沢温泉村出身の中学生がそこでオーストリア人にスキーを習った。すぐに村の人達は山の木を切ってお金に換えた。そしてスキー場を造った。自分たちで造った。そして大正時代には、野沢温泉スキークラブ、現在でいうNPO、住民による組織をつくった。以後、今日までずっと一貫して野沢温泉のスキーの下支えになっている。昭和25年には日本で初の民営のスキーリフトを作った。住民が作った。昭和30年代、高度成長期にスキーブームがやってきた。大手企業に土地を売った人がいて、バランスが崩れる、これはたいへんなことになると、村民ははじめて行政に話しをして、行政が乗り出して買い戻した。それでスキー場は村営になった。その経過があるから、村民が作ったスキー場であり、村民が作ったリフトだから、おらがリフト。そこにいるお客は自分たちのお客。今ゴンドラ2基、リフト25基、旅館・ホテル25軒、民宿300軒。1日の宿泊のキャパは17,000人。一貫した地域づくりのテーマはスキーの村になろう。みんなスキーできる。村出身でできない人いない。純ジャンプの西方、複合の河野、村の出身。オリンピック15人、ワールドカップ20人、日本でのタイトルホルダー100人を越えている。人口4,500人の村で。世界にもこんな村はないと言われている。

今ジュニアの強化に毎年2,000万円投資している。500万円がスキークラブ、500万円が役場、1,000万円が寄付。村民によるスキーの村づくりが行われてきている。

平成3年比べたら、スキー場利用者、売上高、宿泊人落ちてきている。しかし、旅館組合の売上高はほぼ横倍。客単価が伸びている。また来たいと客が満足している。それは勉強して、従業員の教育をして、また来たいと思わせる、そういう経営努力をしている。北海道のような大きな温泉はない。したがってレストランもない。みんな浴衣を着て町中を歩いている。すなわち全部抱え込まないで、お土産屋さん、レストランなどみんなで役割分担をしている。1社で抱え込まない。ふつう、温泉は朝起きたら、ご飯食べて帰るだけ。ここは秋なら登山と紅葉を見るコースを設定している。25軒の温泉組合でやっている。バスは旅館のを交代で、ガイドも仲居さんなど。自分たちでできることを相談して協力して役割分担してやっていく。そういう協力関係が北海道では乏しい。

そういうサービスがお客をとても満足させる。

苦しいのは民宿。合宿や修学旅行に民宿を利用する。各民宿で野沢菜を作って待っている。入り込みが落ちているから経営は苦しい。先輩達は食うがためにスキー場と温泉を利用した。自然との共生をぎりぎりのところで知恵を持ってやってきた。いわば環境学習。スキー客の現象をカバーすべく、都会の人に来てもらって、開発と環境保全の地域でできる知恵というものを学習してもらいたい。そのためのNPO法人を作った。民宿が生き残るためにそういう汗を流す。正に互助の精神がそこにでている。なぜそういうことができるのか。土台があるから。

野沢組という自治組織がある。室町時代からの伝統が残っているのは野沢だけと言われている。温泉、水、山の管理は野沢組。役場の企業課でスキー場の管理をやっているが、野沢組の意向を無視しては何もできない。村長選挙もたいへんだが、野沢組のリーダーを決めるのはもっとたいへんらしい。

地域づくりでいけば野沢温泉村。住民自治という観点でいくと藤沢町。人口1万人。昭和30年に4つの町村で合併してできた。今、合併して失敗した、損したという住民はいない。それはそう思わせない住民自治をしてきているから。

今の町長7期目、町村会の会長。当時12,000人の住民にとって大事なことはここで生きること。国民にとって藤沢町は必要ではない。12,000人の住民にとってこの町が必要と考えればよい。つまり自分達の生活は自分達で守る。これまでは町長、議員は住民のためと言っていた。地方自治の根幹は住民による、これを忘れて住民のためと言い過ぎる。それを甘んじて受け入れたのが住民である。今から30年近く前に、それまで長老支配、そこで危機感を持った革新を起こそうという青年達が自分達の仲間としてこの町出身の教員で隣町にいた、佐藤町長がスタートした。8年掛かって長老支配脱却するための住民自治組織を作りあげてきた。そう簡単にできるものではない。8年掛かった。自治会単位の総合計画を作らせた。行政は考えを一切示さない。自分達で地域活性化計画を作らないところは総合計画に入れない。自分達で必要な事業を考え優先順位を付けて持ってくる。奥と手前で意見が合わない。そういう場合は両方入れない。話し合いをして調整するまで。今でも毎年チェックしている。

自治公民館には一切役場は手を出していない。地域住民の自治の砦。新設も保守、改修も全部地域。立派な物はない。自分達で作っているから。その代わりたとえ、町長、助役でも勝手に使うことは出来ない。

講演の様子3

実際に藤沢町に行って来た。80戸の自治会の会長に話し聞いた。総会は出席率100%。その他の案件でも50~60戸出席する。会合はみんな働いているから、夜9時から12時くらいまで。自分達のことを決めるのだから眠たいけどみんな集まる。補助金なんて恥ずかしい。自分達でやれることは自分達でやらないと駄目なんだ。そうしないと地域は発展しない。

北海道は行政が企業誘致に走るが、ここは企業誘致も地域単位。誘致するとしたらどんな業種がいいか話し合い、それを受け止めて走り回る。大手企業は工業団地もないところの話しなんて聞いてくれない。発想を変えて、正に苦労した創業者、叩き上げの創業者を回ったところ、なんと今10社来ている。昭和50年代のこと。今でも1社も撤退していない。2,000人が働いている。農業中心だが工業もしっかりしている。工場の竣工式でテープカットするのは町内会の会長。町長ではない。中心はあくまで地域の代表。徹底している。

住民力というものを今の事例から考えて欲しい。もっとも初めは、自分達で考えれと言ったら、何言ってるんだ、行政の職員は仕事放棄ではないのか、と全然のってくれなかった。何回も何回も足を運んだ。合併町村だから地域分散制といって職員が地域を担当していくというのは30年前からやっている。一住民として地域に入るから残業代もない。学校の用務員も地域に入る。全然答えられないような質問もばんばんくる。だから職員は答えられるように勉強会をする。住民にとって行政職員の担当は関係ない。勉強して答える。だからここの職員は優秀である。

昭和54年から幼保一体をやっている。小学校6つある。その校庭には保育所がある。そのうちの2つには幼稚園がある。連携して学力向上を目指している。子どもは地域の宝。藤沢町幼児教育センターを作り関係者が集まり、どういう教育がいいのか研究を行っている。

かつて診療所があったが、閉鎖された。医師が確保できなくなったため。かなりの数の救急患者が町外に運ばれている。そのデータ見たときに町長はじめ幹部は愕然とした。情けない。命・暮らし守るのが行政の最大の役目。福祉に力を入れ、病院を建てることを決意した。医者は来て頂くのをお願いするのではなく、自分たちで医者を育てるため奨学金制度を行った。人身売買ではないのでお礼奉公等はないが、お願いをするときていただける道を作っていた。

藤沢町は図書館を作ったが、予算がないため本がありません。特産品のリンゴを送るから、本があったら寄付してくださいと情報発信をした。5年経ってもさばききれないほどの量になっている。なければないで、作る事が大事である。

町として海外に別荘を持っている所はない。その当時、外国人の講師を町に呼んで教育を受けようと考えたが、文部省では取り合ってくれなかった。外務省が適任の青年を紹介してくれ、2年間、夫婦で藤沢町に住んで親しく町民と交流した。行政はお金がないため、住民が何を考えたかというと、小さな子からお年寄りまで全員が英会話を習い、そこで集まったお金を給料の変わりに生活費の変わりにあげる。住民が生活を通じて学ぶ。その成果は英語スピーチコンテストで高校は常に上位を保っている。

その後、姉妹提携をした町に自分たちでボランティアチームを作り、手作りのセミナーハウスを建設。現在も財政難で厳しいが人数を減らしているが、ホームステイを1週間、自分たちのセミナーハウスで1週間過ごすことは必ず行っている。町長に「国際交流に予算はいくらかかっているのと」尋ねると「知りません。国際交流は行政がやる事ではありません。住民がやっているので、化粧品販売や、作物を売って財源を作って、自分たちで積み立ててやっています。」と答えていた。

行政は、命・暮らしを守る事に重点的に力を注ぐ、住民に夢を与える事が大事である。

藤沢町の庁舎は築45から50年の木造の建物なので、町民が庁舎建て替えの署名を行っていた。藤沢町長は「うちの町民1万人いるけど、町長の悪口は言っても職員の悪口を言うものはいません。」と。わかります。ここにいる行政職員は優秀です。何でも知っていて腰が低いし聞くときちんと答えてくれる。男子職員が全員消防団員で、女子職員は婦人消防協力隊です。どんな仕事をしていても、火災発生時には飛んでいき、住民とともに消火にあたり命や財産を守っている。 役場の職員は、住民が信頼し住民が認めてはじめて役に立つ人「役人」になれるのです。行政職員は「公務員としての側面」と「労働者としての側面」と「いち地域住民としての側面」があると思います。

よく職員が「住民のために」と言いますが、私はその言葉は嫌いです信用しません。「住民とともに」本当にそう思っているか聞きたくなる。もし本当にその気があるなら、いち住民として行きなさい。地域でみんなといち住民としてやっていく、そうすると住民達は信頼していけるのではないか。最初から豊かな町はなかった。自治を考えていくとみんなで作り上げていくことになっていきます。

資料を用いていくつかの事例等説明。(資料略)

「ガバメント」中央政府があり道庁があり役場があり、そして企業があるいは住民がある縦構造である。これからは「ガバメント」=統治(納める)から「ガバナンス」=協治 中央政府も道も下川町も企業も住民も横罫列 対等・水平・平等である。

企画は自分たちのものであり、お互いに助け合い、思いやる心をもって、夢・目標・情報を共有するということ。役割分担を同じレベルで議論語り合いをし、責任の明確化、曖昧なもたれ合いをなくすこと。協働とかパートナーシップの本質とはこういう事であり、言葉を換えて言うと「離婚できる関係」ということです。べったりではなく対等な自主自立の関係でいることが大事である。それのない地域はだめになってしまう。

(資料を用いていくつか地場産品の事例等説明。(資料略))

事例から学ぶ事は、自分たちの目線を大事にしながら、向上・成長することと、地場産品のレベルをさげないということ。

講演の様子1

町民は、行政サービスはタダか、または安いと思っている。給食は札幌市では250円から300円で済んでいると思っていますが、実際には750円から800円かかっている。どういうことかというと、事業費で考えるからわからない。人件費および施設の維持管理費、減価償却費まで含めて、1食あたりのコスト、あるいは生涯学習の一人頭のコストを出せばよい。それが公開されていない。よくわかっていない。

芽室町では、事務事業の一つ一つ中身を精査し、誰が分担するかを考えた上でコスト開示し、今後どう進んでいくか。その場合は誰がどうするかまで住民と行政による検討会議で議論している。

下川町も単独町と打ち出したと言うことで、前半にお話しした事例や、芽室町の具体例を参考にしていただきながら、取り組んでいただき成果を上げていただければ幸いだと思います。

ご静聴ありがとうございました。

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総務課 総務グループ 行革担当
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